東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1105号 判決
三、そこで、本件各建物贈与契約(但し被控訴人加藤については同人の追認があつたと認められるとして)が借地法の規定に牴触するかどうかを検討する。
1、〔証拠〕によれば、本件各土地賃貸借契約は、普通建物敷地に使用する目的で賃貸借期間を二〇年とする(右期間の点は当事者間に争いがない)ものであり、借地法の適用があることは明らかである。
2、本件各建物贈与契約は原判決別紙第一ないし第三各債務目録記載のとおり、次のような内容のものである。
イ、各被控訴人はそれぞれ控訴人に対し、借地上に所有する建物(原判決別紙第一ないし第三物件目録記載の各建物)を二〇年の賃貸借期間満了時に贈与し、右期限到来により当然各被控訴人から控訴人にその所有権が移転する。
ロ、各被控訴人はそれぞれ控訴人に対し、各贈与契約公正証書作成の日から三日内に前項による所有権移転請求権保全の仮登記手続を完了する。
ハ、各被控訴人は、右各建物を第三者に売却その他の処分をせず、制限物権、担保物件、賃借権の設定等贈与契約の目的を阻害する一切の行為をしない。
ニ、各被控訴人が各土地賃貸借契約を解除されたときは、各贈与の効力はその時において発生し、各被控訴人は控訴人に対し直ちに所有権移転の登記手続を完了する。
これによると、各被控訴人はいずれも、借地法第四条に定める契約更新請求権及び建物買取請求権を行使できず、また同法第六条第七条に定める法定更新の適用も受けられず、本件各建物贈与契約が借地法の右諸規定に反する内容を有することは明らかである。(なお被控訴代理人は借他法第八条の二、第九条の二及び第一〇条の各規定にも反すると主張するが、右第八条の二及び第九条の二は本件各贈与契約成立後昭和四一年法律第九三号により新設された規定であり、右改正法施行後において本件各賃貸借契約にも適用されることとなつたものであり、また右第一〇条は建物の第三取得者の権利に関する規定であつて、本件においてはこれらの規定に反するかどうかの判断をする必要がないので、これを省くこととする。)そして、このような更新請求権及び買取請求権あるいは法定更新の可能性を奪われることが、借地権者である被控訴人等に不利益であることは、いうまでもないところである。
四 そこで右各贈与契約が被控訴人らに不利益であることを争う控訴人の主張を検討することとする。
1、控訴人は、被控訴人等の前所有者が本件各建物を他に売却しようとしたとき、控訴人から右前所有者またはその代理人に対し自ら買受けたい旨申入れたが、どうしても被控訴人等に売却したいというので、被控訴人等に各建物の敷地を賃貸することを認める条件として本件各建物贈与契約を締結したのであつて、昭和四一年法律第九三号により新設された借地法第九条の二において、賃貸人に対し自ら建物及び賃貸権の譲渡を受くべき旨の申立をすることを認めた趣旨に照らし、右各贈与契約が必ずしも借地人の保護に欠けるものということはできないと主張する。しかしながら右第九条の二は、賃貸人が賃借権の譲渡または転貸について承諾を拒絶した場合に賃借権の譲渡または転貸をしようとする借地権者と賃貸人との間の調整をはかつた規定であり、右借地権者の利害を十分考慮されているのに対し、本件においては、賃貸人がすでに賃借権の譲渡または新たな賃貸借の締結を承諾している場合における新たな借地権者の保護が問題なのであるから、その保護は旧借地権者の保護とは別個に借地法の規定に照らし検討すべきものであつて、控訴人の右主張は採るに由ないものというほかない。
2、次に控訴人は、本件各建物は耐用性に乏しく、各賃貸借期間満了時には建物の効用が失われていると考えられるから、その時点において効力を生ずべき建物贈与の契約は借地人に必ずしも不利なものとはいえないと主張するけれども、仮に本件各建物が各賃貸借期間満了時にその効用を失つているとすれば、このような無価値な建物の贈与契約は贈与自体に意味があるとは考えられず、他に特段の事情がない限り、土地賃貸借契約の更新を妨げる目的に出でたものと推認されるのであつて、借地人に不利なものであることはいうまでもない。
3、さらに控訴人は、被控訴人等が本件各土地賃貸借契約の効力に触れず本件各贈与契約のみの無効を主張するのは信義に反し許されないというけれども、借地法第一一条は同条掲記の諸規定に反する契約条件で借地権者に不利なものは定めなかつたものとみなす旨規定しており、これは右のような契約条件のみを無効とし、土地賃貸借契約自体の効力は認める趣旨であつて、借地権者が賃貸人の要求する右のような契約条件を了承しなければ借地権を得られなかつたであろうことを知つていたとしても、もともとその契約条件は無効なのであるから、その無効の結果は当然賃貸人において甘受するほかないものであり、借地権者においてその無効を主張することが信義に反するとはいえない。
4、また控訴人は、本件各贈与契約が有効と信じて各土地賃貸借契約を締結したのであり、右各贈与契約が無効であれば控訴人に要素の錯誤があつたこととなつて右各賃貸借契約も無効となるのであるから、各贈与契約が有効であることはかえつて借地人に有利であつて、各贈与契約は借地法第四条第一一条に反しないと主張するのであるが、借地法第一一条に掲げる諸規定は強行規定であつて、自らこれら強行規定に反する契約を締結しておきながら、その契約が有効であると信じていたことを理由に錯誤を主張することは、強行規定の効力を無にするものであつて許されるものではなく、控訴人の右主張はすでにその前提において理由がない。
五 以上のとおりであつて、結局本件各贈与契約公正証書による贈与契約はいずれにしても無効であるから、被控訴人等のこれに基ずく各債務は存在せず、その存在を主張する控訴人に対しその不存在の確認を求めるとともに、右各債務を原因としてなされた本件各仮登記の抹消を求める被控訴人等の本訴各請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当である。
(小川 小林 川口)